プロジェクト

ともに泣き、ともに笑う。

二人三脚でのモノ作り。

INTRODUCTION

繊維商社ながら海外に自社工場も展開する田村駒。今回はベトナム工場立ち上げのきっかけとなった株式会社東京ソワールの早瀬氏を迎え、2社の出会いから現在の関係性までをじっくり語ってもらった。

田中 久仁  
(1994年入社)

田村駒株式会社

第1事業部第4部第3課 課長

稲川 まりあ  
(2017年入社)

田村駒株式会社

第1事業部第4部第3課

早瀬 亘浩さま 

株式会社東京ソワール

商品統括本部 技術部
技術グループ

繊維商社の田村駒、アパレルメーカーの東京ソワール。おつきあいが始まったのは、約40年も前のことだ。もともとオーダーメイドの高級婦人服店、つまりオートクチュールの着物メーカーとしてその歴史をスタートさせた東京ソワールは、その後、日本で初めて和服に変わる喪服(ブラックフォーマル)を開発し、この分野のパイオニア企業となる。「当社は着物から喪服にシフトしたわけですが、着物に比べ喪服に対するニーズは非常に多岐にわたります。そこで幅広い生地(繊維)を扱える田村駒さんにお仕事を頼むようになりました」と、言うのは、現在東京ソワールの窓口として田村駒と付き合う早瀬 亘浩氏だ。その言葉に田村駒の田中が頷く。「東京ソワールさんは喪服のトップシェア、そして田村駒は喪服用の生地でトップシェアの企業です。我々は出会うべくして出会い、そして長年にわたり事業パートナーとしての関係を続けているのです」。
当初は田村駒が生地を売り、東京ソワールが喪服に仕立てるという流れだったが、やがて田村駒への信頼が深まるにつれ、商品の製造(縫製)や商品企画までを任されるようになっていく。そして2011年、田村駒はブラックフォーマル専門の工場をベトナムに開設する。田中は言う。「商社が自己資本で工場を持つことはありますが、ブラックフォーマル専門の工場をイチから作ってしまったのは田村駒ぐらいでしょう」それに対して、早瀬氏は「田村駒さんの本気度が伝わりますよね。そこまで我々の事業を大切に考えてくれているのか」と笑う。とはいえ、今では2社の信頼関係の象徴として語られるベトナム工場も、軌道に乗せるまでには大きな苦労が伴った。
日本語はもちろん、英語もほとんど通じないベトナム・ホーチミン市。何とか建屋を作り設備を整え、工場としての体裁を整えたが、現地で工員を募集してみて驚いた。田中は遠い目をして言う。「求人をかけたら、近隣住民が普段着に裸足で面接にやってくるわけです(笑)。彼らはそういう文化で生まれ育ったわけで、もちろん悪気があるわけではない。でも現実問題として、世界一のクオリティが求められる日本向けの製品が彼らに作れるのか、と不安になりました」。
実際、稼働当初はとても納品できない製品ばかりだったと言う。そのままの状態で廃棄できる量を超えていたため、わざわざ焼却処分したこともある。「かといって、東京ソワールさんに半端な製品を納めるわけにはいきませんから。とにかく諦めず技術指導をして、少しずつ少しずつ、質を上げていきました」。
日本に戻ってからも毎日電話やメールで現地と連絡を取り合い、年に数回は必ず視察に行った。東京ソワールの担当者に同行してもらい、具体的なアドバイスや指導を受けることもあった。また、製品の品質だけでなく、コストダウンへの意識も重要だ。保税エリアという免税地区に生地をストックする方法を取ることで、時間をかけずに関税なしで輸出することができる。こういった数々の努力が実を結びベトナム工場はやがて、高品質×低コストを実現する素晴らしい工場へと成長したのである。
工場設立から約8年、現在は田中の後を若手女性社員の稲川が継いでいる。先輩たちの伝統に則り、東京ソワールの窓口である早瀬氏には毎日のように連絡を入れると言う。「入社2年目なので経験も知識もまだまだですが、だからこそとにかく一生懸命やろうと思っています」。
現在の東京ソワール担当・稲川の仕事は多岐に渡る。「製品チェックや企画内容の精査、製品担当・生産管理担当との打ち合わせ、チーム内の情報共有などを同時並行で行います。心配性な性格で小さなことも気になってしまうので、皆さんにはいろいろ迷惑かけてしまっているかもしれません」。そう苦笑いを浮かべる稲川だが、早瀬氏の評価は高い。「女性ならではの繊細さと、モノ作りに対する情熱の両方をお持ちなので、我々としてはとても安心できます。何か問題やトラブルがあったとしても、こちらが指摘する前に納得いく説明をしてくれて、対応も迅速です。工場に行った際、我々がミシンを踏んでいる工員にアドバイスをするのですが、そういう一言一言も熱心にメモを取って聞いてくれたり。こういう態度やスタンスは、さすが田村駒の社員だなと感じます」。
今後の課題は何か、という質問に対しては、「品質ですね」と早瀬氏は即答する。「この業界では、現状維持はゼロではなくマイナスと考えます。常にプラスを目指してやっていかなければなりません。その際の事業パートナーとして、田村駒さんがいてくれるというのは非常に心強い限りです。今後も一緒によりよいモノ作りをしていけたらと思います」。
一方の田村駒はどう考えているのか。田中は言う。「ベトナム工場が成功したのは、取引先が東京ソワールさんだったからです。コスト削減のためには品質を落としてもいい、という企業も少なくない中で、東京ソワールさんは徹底的に品質にこだわってくれた。我々もやりがいがありますし、東京ソワールさんのためなら頑張れる。これからもぜひ一緒に歩ませていただきたいと思っています」。田村駒と東京ソワールの終わりなきクオリティの追求は、これからも続いていく。