田村駒治郎とは?

田村駒治郎とは?

当社創業者の初代・田村駒治郎は、1866(慶応2)年6月18日、摂津国池田村(現大阪府池田市)で誕生しました。奉公先で「西與の知恵駒」との異名をとり頭角を現した駒治郎は、主人のすすめで大阪へ。友禅染色業の岡島千代造商店へ入店すると、新しい意匠図案の案出や、鮮明な染色法の開発などで大きな実績を挙げ、1894(明治27)年「神田屋田村商店」(現・田村駒株式会社)を創業。意匠室の設置、出張販売による販路拡大、委託加工輸入など先駆的な試みで業績を伸ばしました。船場の人々は「駒さんが腕組みしたら、どれだけ知恵がでるかわからん」と口々に称賛したそうです。斬新なアイデアと果断な実行力は、誰もが認めるところでした。

また駒治郎は、繁忙な業務のかたわら、広く業界を主導する役割も果たしました。大阪織物同業組合の副組長・建設委員長として組合事務所新築に尽力したり、図案研究会の発足などを通して業界に強い刺激を与え、意匠の世界を大きく発展させました。1921(大正10)年には、大阪商業会議所議員に選出され、同年、東区から大阪市会議員に当選し政治活動を開始。1925(大正14)年には貴族院議員に当選し、中央政界へと進出しました。1931(昭和6)年3月31日、田村駒治郎は東京・聖路加病院で天寿を全う。数々の功績に対して、従六位に叙されました。

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