「ビリケン」さんと田村駒
現在も大阪本社、東京支社それぞれにビリケン像が安置され、田村駒とお取引様の商売繁盛を見守ってくれています。 以下の文章は弊社が戦前、恒例として開催していた“新築記念売り出し”が「ビリケン祭り」として昭和24年に復活した際に作られたビリケン像に記載されている原文です。 通天閣の「ビリケンさん」と田村駒の「ビリケンさん」、二人は兄弟!?明治の頃、大阪の新世界に「ルナパーク」という遊園地があり、その一角のお堂にビリケン像が祭られていましたが、大正14年ルナパークは閉園となり、初代通天閣、ビリケン像も戦時中に消失してしまいました。 時は変わって昭和54年、現在の通天閣を中心とする町興しの為、ビリケン像を復活させようということになり、昭和24年に田村駒が作っていたビリケン像を 通天閣に貸し出し、通天閣で盛大なイベントが行われたのです。またそれをモデルにして作られたのが今の通天閣のビリケンさんであり、新世界に「お里帰り」 したのでした。 明治・大正時代に田村駒が使用したビリケンユーモラスかつアクの強いこのキャラクターは、田村駒の顔として看板や商標で大活躍しました。ビリケンは田村駒にとって福助と同様、まさに福の神的存在になっています。
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ビリケンさんと田村駒
明治末期のこと、繊維専門商社の田村駒、創業者の田村駒治郎がビリケンさんを会社の福の神として崇め祭り、商品の向上発展とお得意先皆様のご商売繁盛を祈 念し、弊社商品の代表的な商標として、「ビリケン」を使用して以来、ビリケンさんは田村駒のシンボルとして、社員、取引先等、多くの人々から愛されてきま した。